シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

英語文法教育の始まりってどんなん???

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
昔の船 難破

みんにちは!わろたんです。

過去に英語に関するこんな記事を書きました。
その中で、英語の文法教育の始まりについて軽く言及したのですが、まだ記事にしていなかったのでまとめてみました。

以下のような流れで説明していきますので、ご自分のご興味に合わせて読んでみて下さい!!

では、張り切っていきましょう!!

英語教育の始まり

日本における英語教育は明治以降に始まったというのが通説のようです。しかしながら、江戸時代後期、一部のエリートたちというか偶然とある事件に巻き込まれた人たちがお上のお達しによって強制的に英語を学ばされたという説もあります。今回は面白そうなのでこちらを深堀してみましょう。

その事件というのは「フェートン号事件」です。私は聞いたことがありませんでしたが、この事件の発端は江戸時代後期イギリス日本の間で起こったいざこざでした。当時、日本は鎖国の時代でイギリスとは通商を結んでおりませんでした。つまり、イギリスの船が日本に来ることはご法度だったわけですね。

昔の船ってこんな感じですかねぇ

そんな日本が通商を結んでいた数少ない国がオランダでした。長崎の出島はみなさん聞いたことがありますね。オランダと貿易をしていたって習うあそこです。オランダの船だけは日本に近づくことを許されていたわけですね。

しかし、イギリスも日本と通商を持ちたかった。そんなある時、平和な日本に危機が訪れます。なんと、イギリスの船がオランダの国旗を掲げて出島にきてしまったのです!オランダの国旗を見た日本側の担当者は安心して船に近づきましたが、あろうことかイギリス船は日本側の担当者(オランダ大使館的なところのオランダ人)2名を拉致してしまいました。

こいつぁ大変だぁ!!

結局、その後の日本側の対応によって拉致されたオランダ人は無事釈放されましたが、外国船に対する警備体制の弱さを露呈する結果となってしまいました。

また、こんなことが起こったものだからイギリス船に対する警戒は特に高まりました。当時の日本は外国の文化を取り入れ・追い越すということを目標にしていました。イギリス人の話している英語というものを自国で研究させ、情報収集をしたいと日本が思うのも当然でしょう。
そんなこんなで当時外国語を知っていた在日オランダ人の方々に英語も学習してくれと頼み、それを語学が得意な一部の日本人と共有するという形で日本の英語教育が始まりました。

近年の英語文法教育の始まり

そんなこんなで色々ありまして、最近の英語文法教育の形になったのは明治中期頃(1903)なんですね。当時、英語文法教育のやり方が様々ありまして5文型以外にも7とか30とか色々あったんです。その中で当時の政府の気まぐれで5文型のやり方を輸入し、現在まで脈々と受け継がれてきました。

英語の勉強って結局単語が大事なんですよねぇ

なるほど、勉強してみるものですね~。
ちなみに最近の英語研究では、英文をいくつかの型に分類して理解するという考え方自体廃れているそうです。

まとめ

いかがだったでしょうか。今回は日本における英語文法教育の始まり・歴史をざっくりとまとめてみました。

個人的には、英語教育の始まりが自国の危機にあるという点が面白いと思います。やはり何か危ない目にあったり、必要に迫られて勉強というものはするものなんですねぇ。

最後まで読んでいただきありがとうございました!!

他にも色々とお役立ち情報に関する記事を書いています。参考にしてみて下さい!

こちらで使わせていただいている画像は無料画像提供サイトPixabayさんからダウンロードしています。いつもありがとうございます!!

もっとこんなことを記事にしてほしいなどのご要望がありましたら、このページ上部のお問い合わせフォームまたは下部のコメント欄からご連絡いただくか、以下のメールアドレスでもお待ちしております。

tsunetthi(at)gmail.com

(at)の部分を@に変えてメールをお送りください。

または、twitter(@warotan3)もやってますのでそちらに連絡していただいても良きです。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする